教育の機会均等脅かす 維新府政の高校つぶしにストップを
日本共産党大阪府議 石川 たえ
維新府政の高校つぶしと反対運動
「魅力のない学校で定員にも満たず、その学校に通うことは生徒自身の成長につながらない」――2015年9月、府立西淀川高校(西淀川区)などが募集停止・廃校の対象として挙げられた時の松井一郎知事(当時)の言葉です。私はまだ初当選から半年足らずの新人府議でしたが、驚きと怒りで震えたことを今も忘れません。
私は直後の府議会で、知事に発言の真意をただし、2校の募集停止と府の高校つぶし計画の撤回を求めました。しかし知事の答弁は、「計画に基づいて進める」という冷たいものでした。
■12年間で23校が廃校へ
維新大阪府政は2012年、それまでの「府立高等学校等条例」を「府立学校条例」に改めました。この条例には、全日制普通科の学区全廃とともに、志願者数が「三年連続して定員に満たない高等学校」は「再編整備の対象とする」という条文が盛り込まれました。
この条例を最大の足掛かりに、今日までに3回の公立高校つぶし計画が策定、実行され、14年からの12年間で合計23校の募集停止・廃校が強行されることになります(図)。
維新府政はさらに、昼間の高校を40年までに32校減らすとする「府立高校改革アクションプラン」を昨年公表し、来年度にはこの「プラン」に基づく具体化計画を策定するとしています。
■存続求める府民運動
こうした動きに対し、不当な高校つぶしの撤回と府立学校条例からの「三年連続定員割れ」条項の削除を求め、府内各地で運動が起こっています。
13年に「西淀川高校を支える会」、14年には「池田北高校を守る会」、「咲洲高校を守る会」が結成され、翌15年にこれら3つの「会」をベースに「大阪の高校を守る会」が発足しました。以後も、募集停止・廃校の対象として挙げられた高校を中心に、「○○高校を守る会」、「応援する会」などが立ち上げられています。教職員・保護者、生徒・卒業生に加え、自治会役員など地域の関係者も運動に参加していることが大きな特徴です。
各校と大阪の「会」がこれまでに府に提出してきた署名は、のべ24万筆以上に及びます。加えて宣伝や府民との対話、集会の開催、府教委・教育庁や府議会各会派への要請行動など、すでに募集停止が決定された高校の地域も含め、粘り強い活動を続けています。
府議会での論戦
私は「会」が提出した請願署名すべての紹介議員になるとともに、この運動と連携し、11年間で9回にわたり府議会でこの問題を追及しました。
毎回の質問に臨むに当たって念頭に置いた論点が4つあります。
■道理ない「三年連続定員割れ」
2000年代初頭、自民党府政時代の高校つぶしは、地理的条件や教育内容をある程度考慮して対象校が選定されていました。ところが、維新府政の高校つぶしの特異さは、「三年連続定員割れ」という、極めて一面的な数値のみによる「自由競争」で募集停止・廃校の対象校を選定することにあります。
西淀川高校は、小中学校での不登校経験生徒を含めた学び直し、社会に出るための力を身につける努力を一貫して進めてきた学校でした。府では「エンパワメントスクール」という学び直しを掲げている学校を設けていますが、この学校でも一定の不合格者が生じます。エンパワメントスクールを不合格になったが、それでも学びたい、やり直したいと願う子どもにとって、西淀川高校はまさに“最後のとりで”でした。
きめ細かな学び直しとともに、希望するキャリアに分かれた学習・作文指導、面接指導、人生設計における就労観を養うなどの細やかな就職指導の結果、就職希望者の内定率は94%に達していました。小中学校への出前授業、祭りや環境フェスタへの参加など、地域の中に根づく努力も評判でした。
ところが、志願者数のみを高校の値打ちを計る唯一の尺度とする現府立学校条例下では、こうした努力は一切否定されます。そして各高校も教職員も生徒獲得競争に駆り立てられるのです。
冒頭に紹介した松井知事の発言には、いかに実際の高校の現場や生徒の姿を見ていないかがにじみ出ています。
その後の高校つぶしでも、学び直しに力を入れていた高校が対象校の多くを占めています。
府立高校の募集人数は、公立と私立を合わせれば志願者を上回るように設定されてきました。高校教育を希望する全ての生徒に門戸を開くためであり、定員割れが生まれるのは当然です。それを学校存続の基準にすることは誤りです。
■地域性を無視
地域ごとの高校の配置が考慮されていないことも大きな問題です。
府内に72ある市町村・政令市の区のうち、公立高校がないのは1993年時点では7でした。それが、現在募集停止が決定している高校が廃校になれば16にまで増えます。
大阪市内湾岸部の工業地帯にある大正区には、大正、泉尾(いずお)、大阪市立泉尾工業、同泉尾第二工業(定時制)の四高校がありました。2000年に泉尾第二工業高校が募集停止となり、18年に大正高校と泉尾高校が統合され発足した大正白稜高校もわずか8年で募集停止となりました。残った泉尾工業高校も28年度に募集停止となり、高校がない行政区となります。
大阪府の南東部に位置する南河内地域では、河内長野市の長野北高校が19年に、南河内地域と隣接する大阪市最南部の平野高校(平野区)が24年に、それぞれ募集停止となりました。羽曳野市にあった羽曳野高校と西浦高校が2009年度に統合されて発足した懐風館高校も、来年に募集停止となることが決定しています。
こうした地域性を踏まえない高校つぶしに、地域住民からも存続を求める声が上がっています。21年には阪南市議会で、同市にある泉鳥取高校の存続を求める意見書が全会一致で可決しました。そこでは、同校が教育を通し地域振興やシビックプライド(地域への誇り)の醸成にも貢献しているとし、まちづくりの「貴重な共創パートナー」だと述べられています。
柏原東高校(柏原市)のように、施設が災害時の指定緊急避難場所や指定避難所に指定されている高校もあります。高校は、生徒の学び舎であるとともに、周辺地域の住民の暮らしに密接に関わっており、なくなることはその地域全体の困難につながります。
■生徒の生活実態をみない
通学費の負担やアルバイト時間の捻出、あるいは“ヤングケアラー”の問題も含め、「この学校でないと通えない」という生徒が大勢います。高校つぶしは、このような生徒から学びを奪うことそのものです。
府教育庁は、募集停止・廃校の対象校を挙げる際に「近隣に電車なら○○分で行ける高校がある」と説明します。ところが、廃校となったある高校では、生徒の6割はひとり親家庭で、生活保護世帯と非課税世帯が対象の「奨学給付金」受給者も6割にのぼり、ほとんどの生徒が自転車通学をしていました。
こうした、在籍する生徒の生活実態を考慮しないことも大きな特徴です。
■ものづくり人材養成に逆行
工業系高校の募集停止・廃校は、製造業の比重が高い大阪の地域経済にとって大きな打撃です。
25年に、布施工科高校と城東工科高校(東大阪市)が統合され一つの新校に、西野田工科高校(福島区)が今宮工科高校(西成区)に機能統合されました。
さらに、維新府政・大阪市政は、「二重行政の解消」の一環として22年に大阪市立高校22校をすべて府に移管し、そのうち生野工業(生野区)、泉尾工業、東淀工業(淀川区)の3高校を28年から統合し新校にするとしています。
維新府政は、統合による「機能強化」や「教育内容の充実」を強調しますが、実際は、大阪で2校にしかなかった土木関係の建築学科が、西野田工科高校の廃校により1校のみとなりました。また、建築設備実習棟があるのは今宮工科高校と布施工科高校だけでしたが、布施工科高校の統合先にはこの実習棟がなく、実習棟を新築するスペースもありません。
西野田工科高校は、府下で最初の職工学校として1908年に松下電器産業の創業地である福島区大開(おおひらき)で開校しました。布施工科高校は、関西初の航空工業学校として1939年に設立され、航空整備士などの人材を輩出してきました。こうした工業系高校は、大阪のものづくりを支える人材育成の中心的役割を果たしてきました。
現在も、工業系高校には平均して就職希望者の何倍もの求人が来ており、「毎年求人の9割近くをお断りしている」という高校もあります。
経済団体からも「自社の副社長や専務にも工業高校出身者がおり、高く評価をしている」などの声とあわせて、工業系高校の減少が大阪のものづくり人材養成にとってマイナスになるのではないかという不安の声が上がっています。
革新府政と自民党府政
振り返れば、1960年代以降のベビーブームに高校増設が追いつかない状況のなか、府が思い切った高校増設へ踏み出す転機となったのが、黒田了一知事による1971年からの革新府政でした。
それまでの自民党府政は12年間で18校の新設にとどまりましたが、黒田府政は「十五の春を泣かせない」というスローガンそのままに、2期8年で実に56校を新設しました。予算に占める高校建設費の割合は、自民党府政時代は2%でしたが、黒田府政では13.7%にものぼりました。教育予算全体も、革新府政時代の1974年度は、自民党府政時代の1970年度の2.85倍となっています。
1990年代に子どもの数が減少傾向に入ると、国の自民党政権の先導の元で全国的に学校統廃合の動きが強まります。大阪でも1979年から自民党府政に戻るもとで、1999年に「府立高等学校特色づくり・再編整備計画(全体計画)」が策定され、高校の「多様化」、「特色化」と一体に統廃合が進められました。99年度から2008年度に、昼間全日制普通科が117校から75校に削減され、夜間定時制も統廃合されました。
維新府政の高校つぶしは、自民党政権による“安上がり”な自治体、大企業のもうけのための人材づくりのみを追求する教育政策の具体化であり、自民党府政の高校つぶしを引き継ぐものです。
「十五の春を泣かせない」大阪をめざして
大阪の子どものためには、何よりも現在の機械的・画一的な高校つぶしをストップさせることが必要です。
府立学校条例から「三年連続定員割れ高校を再編整備の対象とする」という条項は削除し、現在進行中の「府立高等学校再編整備計画」は中止すべきです。「府立高校改革アクションプラン」の「32校減」は出生数の減少を学校数・学級数に単純に当てはめただけであり、撤回すべきです。
公立高校の役割は教育の機会均等の保障です。どの地域に、どのような生活条件に生まれようと、誰もが学び成長できることが大事です。教育環境の整備・向上を図ることこそが行政の役割です。
大阪の公立高校の1学級当たり生徒数は36.7人と全国平均を上回り、全47都道府県中7番目の多さです。全国的には、公立高校でも35人以下など少人数学級化を進めている県もあります。大阪でもエンパワメントスクールは35人以下学級です。出生数が減少している今こそ、学校を増やさずとも少人数学級化が可能です。
府は1学年6学級以上を「適正規模」としていますが、全国平均は5.2 学級で、3~4学級の県も少なくありません。「小規模校では教育がうまくいかない」という「適正規模」論に根拠はありません。
また、「アクションプラン」では、昨年度末時点で築41年以上の府立学校校舎が全体の73%を占め、老朽化が進んでいるとしています。改修・改築にかかる負担を、高校を減らす論拠にする狙いが透けて見えます。
しかしそもそも校舎の老朽化は、革新府政時代に増設した校舎の改修・改築を、その後の自民・維新府政が怠ってきたためです。
府は当面、お金がかからない天井の塗り替えなど「内装リニューアル」を進めるとしていますが、不要不急の大型公共工事を中止し府財政を振り向ければ、老朽校舎の改修・改築を計画的に進めることは可能です。
公立高校の配置は、こうした教育条件の向上を前提に、子どもの実態と地域のバランスを踏まえ、幅広い教育関係者や市町村、地域住民とともに検討すべきです。
一人ひとりの子どもの生きる力を育む教育を実現し、ふたたび「十五の春を泣かせない」大阪をめざして、これからも力を尽くします。(いしかわ・たえ)
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